普通に生活していても、誰もがなり得る生活習慣病。
放置をすれば生死にかかわるほど悪化することもあります。
予防する方法はあるのでしょうか?
政府はどのような対策をとっているのでしょう?
経済産業省でヘルスケアを担当していた私、鈴木が、当時の政策立案のウラ話なども交えながら、最新動向を解説します。
【 誰もがなり得る生活習慣病!? 】
「今回の、『糖尿病重症化予防プログラム』に参加されたきっかけは?」
「えーと、会社から言われて」
「ご自身の血糖値の状況など、健康状態を把握されていますか?」
「はい、特に問題ありません」
「いやいや、数値はすごく悪いです。かなり進行した糖尿病ですよ!」
「???」
私が経済産業省時代に開発した糖尿病対策事業の中での、管理栄養士さんと参加者とのやり取りです。
糖尿病になると、治療を始める前に『教育入院』をしなければなりません。
糖尿病の治療には、インスリン投与や運動療法に加え、厳しい食事制限が課されます。
食事の量を減らすのはもちろん、塩分や糖分の量も大幅に抑える必要があります。これがものすごく負担で、禁断症状が出る方もいます。
1~2週間をかけて、この厳しい生活に慣れてもらうのが『教育入院』の趣旨です。
一度重症化してしまうと根治はできません。生涯にわたって、毎週のように通院をしなければならなくなります。このため、長期の旅行に行くこともできません。
また、重度の糖尿病患者にかかる医療費は、一人あたり年間500万円と高額です。40兆円を超える国民医療費のうち、生活習慣病に関連するものは3分の1にものぼります。
【 新たな手法で糖尿病を予防できる!? 】
「患者さんにつらい思いをさせたくない」
「重症化を予防することで、急増する社会保障費を抑えたい」
そうした思いから私は『糖尿病重症化予防プログラム』を立ち上げました。
『教育入院』とは異なり、その対象になるは軽度の糖尿病患者さんです。
重症化予防のための生活指導を行いますが、短期間(2~3日の合宿)で済み、食事制限もそこまで厳しくありません。
とはいえ、私自身も参加してみましたが、塩分や糖分の制限は思いのほかつらく感じました。薄味なので食事の満足感が得られませんし、ボーっとして頭が働きません。禁煙の感覚に近いですね。
しかし、冒頭に登場した方のように、ご自身の健康リスクをきちんと把握できていない方は意外と多いのが実情です。
そのためこの事業では、全国の企業や健康保険の中から、重症化の恐れがある方に向けて、この予防プログラムへの参加を呼びかけてもらっています。
【 企業が従業員の健康を守ってくれる時代が来る!? 】
また、ご自身が健康上の問題に気付いていても、「面倒くさい」「仕事に穴をあけられない」などの理由で医療機関を受診しないケースも少なくありません。
生活習慣病が症状として出てくるのはだいたい40代からで、サラリーマンであれば最も脂が乗っている年代です。
体調不良による生産性の低下は看過できませんし、組織の中核として活躍する人材を突然失った場合に企業が受けるダメージは非常に大きいと言えます。
そうした中、近年、従業員の健康管理に積極的な企業、いわゆる『健康経営』を実践する企業が増えています。
政府も、事例集やマニュアルを公表したり、セミナーを開催したりと、健康経営の普及に力を入れています。
私が経済産業省職員時代に立ち上げた『健康経営銘柄』も、その取り組みの一つです。
『健康経営銘柄』とは、『健康経営』に優れた企業を経済産業省と東京証券取引所が選定し、投資家に対し魅力ある企業として紹介するものです。
『健康経営』に積極的に取り組むことで、従業員の活力や生産性の向上など、組織の活性化がもたらされます。結果的に、中長期の業績や株価の向上につながることも見込まれます。
【 政策立案ウラ話 】
先日、その『健康経営銘柄2016発表会』が開催され、私も参加してきました。
東証上場企業など3,605社に調査票をお送りし、回答の内容を参考に銘柄が選定されました。回答のあった企業は昨年から16%アップの573社と、産業界からの関心も高くなりつつあります。
しかし、順調そうに見える『健康経営銘柄』ですが、その立ち上げに至る道は平たんなものではありませんでした。
「経済産業省が選定した企業を、東京証券取引所と連名で『健康経営銘柄』として公表し、長期投資を行っている投資家にアピールしませんか?」
・・・・・・(東証担当者)。
しばし無言。
「投資家にとってメリットのあることだと思うんです!」
「東証としては、投資家への説明責任がありますので、そのメリットを具体的なデータで提示していただくことはできますか? 」
おっと、そうきましたか!
指摘はもっともだと思うけど・・・・・・。
そもそも健康経営は比較的新しい概念だから、健康経営に取り組む企業の業績や株価が上がっている、というデータを示すことなんてできるのか!?
すっごく自信ないぞ。
首筋をつたう汗をハンカチで拭きながら食い下がる。
「そ、そうですね、データはこれから集めますので、内部で検討だけでも進めていただけませんでしょうか?」
・・・・・・。
「とにかく何らかのデータはまたお持ちしますので、テークノートだけでもお願いします!!!!!」
と、冷や汗もののキックオフミーティングにはじまり、東証への日参が続く。
そんな中、ようやく海外の研究データを見付け、東証担当者に見せると、
「そうですねー。海外のデータも参考にはなるんですけど、国内企業のデータはありませんか?」
と、厳しい返事が。
帰り道、部下を励ますために、
「大丈夫だ。なんとかなるから」
なんて作り笑いを見せながら、内心では頭を抱えながら役所へ戻りました。
「もう無理かな」と思い、引き下がることを何度考えたかわかりません。
【 真の健康長寿社会に向けて 】
担当者を満足させるデータを示すことはできなかったものの、めげずに情報収集に明け暮れ、少しずつ関連データを固めていきました。
そして最後は琴奨菊ばりの「がぶり寄り」でどうにか実現にたどりつくことができました。
当初、東証担当者からは
「まずは単年の事業ということでご理解ください」
と釘を刺されていましたが、いざ発表すると、想像を超える大きな反響があり、「ぜひ来年以降もやろう!」ということになりました。
経済産業省を退職した今は、『健康経営銘柄』を見守る立場になりましたが、優秀な後輩にバトンを渡し、彼がこの事業をさらに大きなものに育ててくれたことに、元同僚としてこの上ない喜びを感じています。
健康経営は社会全体に求められています。
これからさらに普及が進み、これまでの「寿命が延びても10年間に及ぶ寝たきり期間は短縮しない」といった状況が改善され、真の健康長寿社会が実現されることを期待しています。